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テニミュ氷帝凱旋公演

テニミュ氷帝凱旋公演、行ってまいりました!

相変わらず、キャストさんの声や仕草にしか目を向けておりませんw
いつだって考えているのは小説のこと、きなしえんじゅです。

見てるのは、もちろんテニスの王子様の舞台なんですけど、有田の声は「やや高め」の「甘い」「大人」の声……か。忍足みたいな感じかなー。とか、手塚とリョーマの身長差、顎の下に頭まですっぽり入りそうでかわいいな! 克誠ちゃんってあんな感じかな! とか、ずっとそんなこと考えながら見てるんですよ、ね。

不純な楽しみ方で実に申し訳ない……^^;

しかし、男の子同士の悪ふざけっぽい絡み(試合中もベンチのキャストが小芝居してる)とか、男の子らしい仕草とかに目を光らせて、今の萌える! 使える! って見てると勉強になるし、本当テニミュ面白いです。大好きです。

そろそろ2ndも終わっちゃうわけだけど、3rdももちろんあるよね?
テニミュなくなったら人生の楽しみがひとつ減ってしまうぞ。

ちなみに手塚役のたわだくんと、リョーマ役のおごえくんは、185cmと168cmでした。身長差は17cm。
うちの克誠ちゃんは178cmと163cmですから、やっぱりほぼほぼ同じでしたね!
克也に抱きしめられると顎の下にすっぽり入っちゃう誠ちゃんかわいい! かわいい!

BLとかNLとかGLとか

実はこだわりありません。きなしです。

私がホモ好きをこじらせているのは、まあこのサイトの傾向を見ればまるっとわかってしまうと思うのですが、実はNLも相当に好きです。
※ちなみにGLにも偏見はありません。ハマったことがないだけで。


私の場合、CP判定はわりと原作寄り。

原作であからさまなフラグが立ってたら、よほどのことがない限り公式CPで好きになります。聖霊の柊早紀とか、結界師の良時とかはこのパターン。

ちなみに、よほどのこと=「こいつら絶対相性悪いだろ……」。

コナンの新蘭がこのパターンで、実は私は蘭ちゃんのことも相当に好きなのですが、百万歩ゆずっても新一とは幸せになれないだろうなあ、とついつい思ってしまうんですね。

新一ってどちらかといえば身勝手なタイプで、自分の大好きな「謎」がそこにあれば、蘭ちゃんそっちのけで走り出してしまうと思うんですよ。
蘭ちゃんは蘭ちゃんで新一が大好きだから、また待とうとしてくれるとは思うんですけど、新一が突然いなくなることにはトラウマがあるだろうし、どうしても二人が幸せになる未来が想像できない。
新一はどちらかというと、一歩下がった位置で(それ以上離れようとはしないで)「勝手にやってなさい」ってため息ついてる哀ちゃん(志保ちゃん)とか、贅沢を言えば彼と同じ目線に立てる快斗のほうがお似合いだと思います。

だから、あそこは例外的に公式CPを無視してますが、その他はまあまあ原作通りかと……。
原作でまったく恋愛フラグがないキャラは、ほぼ例外なくホモ堕ちさせてますが(罪悪感)。

懇意にしてる女性キャラがいないと、どうしても男性同士の絡みが増えますし、その中で赤い糸で結ばれてる運命的な再会でしたのとやられると、そのう……邪推もしたくなるってもんで……。

いかん、また克誠の話になっている。

で。自分がホモ好きなのってなんでかな? とちょっと振り返ったんですが、つまるところ私が男前受けが好きだからじゃね? って結論に至る。

好きなんですよ、男前受け。

二人の関係に対して悲観的になる攻めの胸ぐら掴み上げて横っ面ぶん殴って「最初から逃げてんじゃねえ!」って啖呵切るくらいの受けがちょうどいい。

これが女の子になるとね、同じパターンが萌えにならない。

女の子なら、私はわりと我慢しちゃう子が好きで、たとえば柊一に好かれていることは知ってるし、自分もたしかに友達以上に思っているんだけど、今以上の関係になることが怖くて踏み出せないでいる早紀子とかかわいいなと思いますし、(私が書いている時間軸では聖霊の二年後設定なので)東京の大学に通うようになって、地元で進学した萌と離れ離れになってしまって、柊一とプラトニックなお付き合いをするようにもなったんだけど、大学の付き合いもあり断りきれずに合コンに参加してる早紀子が後ろめたさ感じてるのもかわいいと思いますし、そのあげくに相手側の男に気に入られてしまって、送るとかいりませんとかで駅前でもめているところを、よりにもよって柊一に見つかってしまったり、それで柊一が内心ガンギレ(早紀子にぶつけないように必死)してしまったり、そんなのも二人まとめてかわいいなと思います。(ノンブレス)

ホモ萌えとNL萌えはやっぱり別物なんだよ……。
ホモは対等であることが萌えだけど、NL萌えは器の小せえこと考えてる男が、女の前でかっこ悪いとこ見せたくなくて必死なのが萌えなんだよ。

やばい、この思考回路さえマイノリティーな気しかしてない……。

ホモの場合、同じように嫉妬しても「でもいつかは……」って不安がつきまとってるじゃん! 切ないじゃん! NLの場合は、「おまえ何考えてんの?」って普通にキレていいじゃん! 喧嘩に見せかけたただのいちゃつきじゃん!
この! 違いが! 萌えの質の違いだと僕は思います!

まあつまり、何が言いたいかっていうと、

BLもNLもGLも好き嫌いなく読んだら、人生楽しくなるんじゃないかな!

tune the rainbow

自分が思う克誠ソングは、克也目線だと「ヴォイス」とか「シザーハンズ」になりますが、誠ちゃん目線だと「tune the rainbow」とかそんな感じです。

うん、私の趣味丸わかりだなこりゃ!


私ね、自分は孤独だと思ってる人が、やさしさに包み込まれる瞬間が、そりゃもう大好物なんですよ!


私の勝手なイメージではありますが、克也は自分が孤独であることを諦観してると思ってます。

悲観ではなく、諦観。

彼の生い立ちって、やっぱりとても不幸じゃないですか。
小さい頃に両親が離婚して、母親には見捨てられて(実際には父親が自分の後継者にするつもりで手放さなかったんだろうけど、克也は母親に連れて行ってもらいたかっただろうな……=母親には捨てられたという認識だろうなっていう妄想)、一緒に暮らしてた父親も、中学生の彼を遺していってしまって。
その上、父親の葬儀に現われた母親から、また捨てられて。

やっぱりね、子供だから期待したと思うんですよ。
そんな都合のいいことが起こるわけないって、期待する自分を叱りつけながら、心のどこかでは母親が迎えに来てくれたんじゃないかと思ったと思うんですよ。

でも、そんな彼の淡い期待を、母親は最悪の形で裏切ったわけで。

その時に彼は、他人に期待することをやめてしまったのではないかなと思う。
期待しても裏切られるだけだから。傷を深くするだけだから。それならもう、孤独であることを受け入れてしまうほうが楽だ。って、何もかも諦めてしまったのではないかなと思う。

その彼にとって、楠木家で過ごした三日間がどんなものだったか。

たとえば楠木さんのお母さんがお父さんの墓前に手を合わせて、幸せそうに微笑む姿とか、小さい楠木さんが、キッチンに立つお母さんと並んでおしゃべりしてたりとか、あるいは、修行を真面目にしないことで、アヤさんに怒られていたりとか。

家族がお互いのことを思いやりながら暮らしている姿は、克也が望んでも手に入らなかったもので、その中にいることはとても幸せで、そしてとても痛くて。

あたたかくて眩しい光のような記憶になったのだと思う。
だからこそ、彼は二度と楠木家を訪れなかったのかもしれない、と思う。

その光の真ん中にいた楠木さんが、天涯孤独の身で目の前に現れた時の克也さんの気持ちは、いかばかりかって話なんですよ!

「守らないと」って思ったと思うんです。
ただ一人、自分のことを愛してくれたアヤさんが、おそらく一番大切に思っていた存在だから。「俺が守らないと」って強く思ったと思うんです。

「アヤさん、大丈夫です。俺が守ります」って固く誓ったと思うんです。

それからずっと(彼なりの不器用なやり方ではあるけれど)楠木さんのことを大事に大事に守ってきたんじゃないかなあっていうのが、私の中の克也像。
うん、この人ホモじゃありません。
どっちかっていうと、ババコンのほうこじらせてます。

私的に克誠は、そんな克也の優しさに誠ちゃんが気付いてからはじまるのかなっていうイメージ。

どうしてそれほど献身的になるのか、最初は理解できないんだけど、そのうちに克也の心にぽっかりと空いた穴の存在に気付いて、逆に「守ってやらないと」って思う誠ちゃんとか。
一緒にいることで少しずつ埋まっていく心の隙間とか。
そういうものを想像すると、克誠っていいなって死にそうになります。

はやく克誠ちゃんの心を満たしてやりてえよおおおお。
こんなだから呪い克也しか原稿が進まねえよおおおおおお。
そんなことより魂吸いの壺書けって話なんだよおおおおおおお。

泣いてる

今すげー力入れて書いた克也妄想が全部吹っ飛んで泣いてる。
ちっくしょおおおおおなぜ突然インターネットにつながらなくなったああああ!

仕方ないから書き直すよ……しょぼぼ……。