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魂吸いの壺

ちょっと本気で闇聖三期っぽいものを書きたくなりました。
最終的には克誠オチになるんですが、まあこんな感じです。(追記で見れます)
もう少し書いたらサイトにも上げる予定。

続き


「ええっ、アリと一緒ですかぁ!?」
 思わず不満の声を上げてから、隣に立つ男の存在を思い出し、楠木誠志郎はハッとそちらに目を向けた。
 一八〇センチ近い長身に、黙っていても人目を引く彫りの深い顔立ち。濃い色の茶髪には自然なウェーブがかかり、そのせいか、どこか日本人離れした印象がある。
 有田克也。ヤミブン――正式名称・文部科学省文化庁特殊文化財課――の先輩である彼は、同時に、誠志郎がこの世で最も苦手とする相手でもある。
 振り仰いだ誠志郎に顔色をうかがわれて、克也はまず不快げに眉根を寄せた。それから、何か文句でもあるのか、とでも言いたげな眼差しで、誠志郎を鋭く睨む。
 誠志郎は居心地悪く視線をそらした。
(おまえがそんなんだから、いやなんじゃないか!)
 とは、思っていても口には出せない。
 正面の椅子に座る万来望課長は、そんな二人の無言の攻防を、鷹揚に見守って話を続けた。
「怪異が起きているのは、どうやら確からしいんだけど、何が原因になっているかがわからないんだよ。小さいけれど一応博物館だから、見るものの数が多いし、ここは坊やに行ってもらおうかと」
「坊やだけで行ってもらったらどうです?」
 明らかに険を含んだ克也の声にも、万来は動じない。いつも眠たそうな目を閉じて、ゆったりと首を横に振る。
「電車で行くにはちょっと不便な場所なんだ」
 克也は鼻白んだ顔になって腕を組んだ。
「つまり俺は、坊やの足ですか」
「あら、いつものことじゃない」
 横から口を出してきたのはヤミブンの女王様、もとい、元課長で嘱託職員の陣内エリ子だ。
 やめてくれ。心の底から誠志郎は思った。
 克也は元来プライドが高い。最近は、誠志郎の鋭い霊感を認めているようなそぶりを見せることもあるが、それでも、バイトの誠志郎より能力が劣るようなことを言われて、カチンとこないはずがないだろう。
 その鬱憤の矛先が万来でもエリ子でもなく、自分に向けられるであろうということを、誠志郎は経験から学んでいた。
「大丈夫ですよお。そんな、わざわざアリに車出してもらわなくても、駅からちょっと遠いくらい珍しい話じゃないし、バスだって通ってるだろうし……」
 誠志郎はやんわりと申し出たが、
「ないわよ」
 と、エリ子は無情に切って捨てた。
「その民俗博物館まで、最寄り駅から徒歩でおおよそ五十分。夕方までは三時間に一本のバスがあるけど、それに乗っても途中で道を逸れるから、近寄るくらいしかできないわ」
 ちーん。と誠志郎の頭の中で、鈴《りん》が鳴る音がした。
 たしかに、車以外の方法で行くには骨が折れそうな話である。業務効率の面を考えれば、車を出せる克也に同行を命じるのが道理だろう。
 だが。人間、納得がいかないことはある。
「なんでそんな場所に、博物館なんか建てたんですか!」
「知らないわよ、私が建てたわけじゃあるまいし」
 エリ子が真顔で返したまったくの正論に、誠志郎はがっくりと肩を落とした。
 うつむいたその頭を、追い打ちをかけるように克也の平手がはたいていく。
「行くぞ、坊や」
 小突かれた頭をさすりながら顔を上げると、克也はすでに扉の近くに立っていた。その位置から振り返って、聞こえよがしにため息をつく。
「駄々をこねていたって仕方ないだろう。こっちにしたら、おまえを連れて行くだけの楽な仕事だ。いい時間つぶしになる」
 言葉のはしばしに棘を感じるのは、気のせいだろうか。
 誠志郎が動くのを待とうともせず、克也は事務所を後にする。勝手に行けよとばかりに誠志郎はデスクに向かったが、その目の前で、仁王立ちのエリ子が満面の笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい」
 大輪の紅薔薇を思わせる美貌には、有無を言わせない迫力がある。
「はあい……」
 誠志郎はいやいやながらロッカーを開けてデイバッグを掴み出し、事務所の扉を走り出た。